雨がざあざあ降っている夜は、小さく歌を口ずさむ。雨の音に半分掻き消される声。でもそれくらいがちょうどよいの。
やわらかなーこころーもおたー
はじめてきーみとでーああったー
すこしだけでーかわるーとおもっていたー
ゆめのーよおなー

電車の、窓ガラスの雨のつぶつぶを見ていたら,むかしの出来事が、断片的に頭の中におちてきた。
ひとつは、しま子ちゃんのこと。居酒屋でアルバイトをしていたときに、わたしの少し後に入ってきた同じ歳の女の子。本名は、島田○子(○の部分がなんだったかもう忘れてしまったけれど)。わたしが(親しみを込めて、)「しま子ちゃん」とこっそり呼んでいたら、いつのまにかみんなから、しま子ちゃんと呼ばれてた。細くて白くて、幽霊を絵に描いたみたいな女の子だな、といつも思っていた。わたしと同じくらい胸が小さくて,ゲイの男の子に「しま子ってブラつける必要あるの?」と言われてて、あるよ!と自分が言われたような気持ちで声をあげたわたし。そのあと、しま子ちゃんと目が合って,「ひどいよね」と目だけで話をした。あのとき、ほんとうに目で会話ってできるんだと実感したんだ。weezerのすきな子で、CDを貸してくれた。
もうひとつは、男ともだちのともだちの男の子Y。のちに、ふたりきりで遊べるくらいになったのだけど、そのときはまだ、たまにメールをするくらいの仲だった。ある夜,0時をまわったくらいの真夜中に、恋のくるしみについてメールしていたら、今から会って話聞いてあげるわと言われた。家遠いのにしかもこんな時間なのに、正気かこの人!と思ったけれど、彼は素晴らしく行動力のある人だった。閑散としたファミレスで、なにも手に付かなくなるほどの嫉妬心なのだ。というようなことをずっと吐き出していたような気がする。くるしみから解放されるには告白するしかないことは、十分過ぎるくらいわかっていた。それなのに、何度も同じようなことを喋っている自分がいた。彼が、もう言ってしまえ。言うしかないやろ。誰かに背中を押してほしいだけなんやろ。あと一歩ふみだせんだけなんやろ。と言うのを、1ミリも否定できなかった。
硬貨を一枚取り出して,これをどっちかの手に入れるから、硬貨が入ってる方を選んだら告白しなよ、と言われる。わたしが選んだ方の手には硬貨が入っていたのだけど,もうひとつの固く閉ざされた手にも,硬貨が入っていたんじゃないかと思う。彼の趣味が手品だって,わたしはしっていたもの。